会社の同僚に誘われてドライブしながらランチを食べてきた。
13時くらいに出発して帰宅したのが17時くらいで4時間くらい外出していた。
外出して楽しかったな〜と思う反面、早く帰りたい気持ちもあった。早く帰って休み入る前に決めた目標をこなす時間に充てたかった。
あと残っているのはブログと4000文字チャレンジとデータアナリティクス講座だから多分こなして終えることができる。
今が17:30でめちゃくちゃ眠くて仮眠したいいけど、今寝たら夜寝れなくなりそうだしタスク終わらせられなくなる可能性もあるのでなるべく頑張って作業着手する。
時間に対する価値観
今日ランチいった先輩と一緒にいると、自分と時間に対する価値観が違うな〜と毎回思う。
今日も自分は目的を済ませたら早く帰りたかったけど、同僚はまだ16時なんだしゆっくりしようよみたいな感じだった。
この16時という事実に対して、まだ16時と捉える同僚と、もう16時と捉える自分では捉え方が全然違うな〜と思う。
昔からもうこんな時間だ!って時間に対しては厳しいというかせかせかした性格。
部活終わりにダラダラだべってただ時間が過ぎていくのも嫌いだったし、練習終わりにお父さんに買い物連れ回されるのも嫌いだった。
早く帰ってゲームとか宿題とか自分のやりたいことに時間を使いたいって思っていた。時間貧乏みたいな考え方だったのかな〜と振り返って思う。
この性格がたまに嫌になるんだよな〜。
今日も1時間とか2時間くらいは伸びても良かったし、家についたのが17時でもそのあとに自分が頑張ればやりたいことがちゃんとできたと思う。
だけど、道中とか一緒にいる最中も早く帰りたいオーラが出てしまったり、時間を削っているってことが頭の中をよぎって本気で楽しめなかったりする。
せっかく誘ってくれて一緒に時間を過ごしているならその時間は思いっきり楽しみたいしそうしないと相手に失礼。
それに、そういった誰かと一緒にいる時間を楽しめるようになったり、そういった時間を作ってもちゃんと自分のやりたいことも実現できるようにしていかないと他人と生活したり社会生活をおくるの無理な気がする。
この価値観はどこから来ているんだろう
じゃあ、この価値観がどこから来ているかって考えると一つは子供の頃の経験だと思う。
子どもの頃は習い事もいくつかしていたし、宿題もやらないと行けなかったし、子供だから就寝時間も早い。放課後の寝るまでの時間が今に比べて圧倒的に短い。短いけど習い事だったり宿題だったりとやらないといけないことがたくさんあった。一方で、やりたいことの筆頭だったゲームについては18時までしかやっちゃだめというルールがあったので習い事がある日は習い事が終わって家に帰る頃には18時を超えていたので必然的にその日はゲームができなかった。
だけど、ゲームをやりたい気持ちは残り続けていてその気持ちを土日にぶつけようと思って心待ちにした土日も半日は習い事で消えて、その後に両親に色んなところに連れ回されると結局土日もあまりゲームができないって日もあった気がする。
自分のやりたいことを優先させたい。とか自分のやりたいことをできそうな時間を確保したい。逆に自分の時間が削られていくことに対してネガティブな感情を持つのはこの頃の経験から癖づいているのかもしれない。
もう一つ考えられることが、今の現状に満足していないってことから来ているかもしれない。
今の現状に満足していない。それは主に経済面でそれを感じている。だからこそ、満足する水準までのし上がろうとすると自由な時間を楽しい時間として過ごすのではなくて楽しい時間を過ごしたい気持ちをぐっと抑えて自分が成長するために時間を使うべきってマインドが大きくなっている。
このマインドが理由で、確かにこの半日楽しかった。
楽しかったけど、もしもこの時間家にいたら英語勉強していたな〜。って考えてしまったり、この時間に努力している人と差を付けられてしまったな〜みたいな焦りの気持ちも出てきてしまう。
きっとこのあたりが、時間に対して同僚と違った価値観を持っている理由なのかもしれない。
楽しむときは楽しむ
自由な時間を将来に向けたアクションに使って自分を成長させるってマインドは素晴らしいし持ち続けた方がいいに決まっている。
だけど、そのマインドだけだと人生の幸せを見失うかもしれない。経済面で考えると、現状は理想の状態と違うかもしれない。だけど、それ以外の面で考えたときに今日みたいな時間の過ごし方って理想の過ごし方の一つだと思う。
そうなったときに経済面の理想のその先が今日みたいな過ごし方だとすれば、今日みたいな過ごし方をしている時点である種理想クリアしていると考えることもできる気がする。
この理論でいくと、実は理想の時間の使い方をしているけど視野が狭くなってこれは間違った時間の使い方だって思いすぎている可能性もある。
それはそれで本末転倒なので、今日みたいな時間の使い方をする日は割り切って過ごすのがいいんだろうな〜
H3:楽しむときは楽しむって割り切るために
楽しむときは楽しむって割り切るためには、日々やることやるってのと量を明確にしておくことがポイントだと思う。
今日も車の中で多少時間の使い方について焦る部分はあったけど、決めた目標の殆どを達成していて残りも達成できる自信があったのでそこまで強烈な焦りではなかった。
やることをやっていない状態だとしたら、決めたことをやれていない罪悪感とか後ろめたさと、時間の過ごし方に対する焦りといろいろと考える要素が増えてしまう。
だけど、今日みたいにやることやった!って自分が思えている状態を作れていればいくら自由な過ごし方をしても、
自分が理想としている状態に近づくために今日はこれをこのくらい行動しないとという逆算して立てた目標はクリアしているから確実に近づいている。
だからこの半日は自由な過ごし方をしても全然問題ない!って気持ちになることができる。今日はこの気持ちがわりと強かった。
なので、今考えている将来に向けて何をどれくらい毎日こなしていくかって目標をまずは粛々とこなしていくことが大事。
そして、その目標がオンペースで来ているのであれば一旦◎として過度に焦ったりしないように自分の考えをコントロールしていくのがいいんだろうな。
そうすることでメリハリついた生活を送ることができるようになりそう。あまり目標を高く設定しすぎないように気をつけないと。
最近はこれもっとやったらええやんって目標を引き上げる節がある。
そうすると毎日の目標達成が大変で割り切った考えを持ちづらくなってしまうと思うので、そのあたりの塩梅は気をつけていきたい。
人の何倍も量をこなしていくっていう考え方は持ちつつも、それだけだと本来ある身近な幸せに気が付かず本末転倒になってしまう可能性があるので気をつけたい。