こないだはお母さんと一緒に色々買い出しに行ってきた。色んなスーパーを回りながら午前中かけて買い物をしてきた。
長期休暇は必ず帰省しているから、帰省しない長期休暇が想像できない
実家に帰省しない自分が想像つかない
普段離れて暮らしているから、こうやって二人で買い物する機会もほとんどないしゆっくり話す機会もない。
お母さんもお父さんもいつまで元気でいてくれるかわからないし、彼ら二人には本当にお世話になってるしちゃんと育ててもらって感謝もしている。だから帰省した時はなるべく一緒の時間を過ごして行きたいと思っている。
そう考えると、普段長期休暇は毎回実家に帰省しているけどこれが結婚したらそうしなくなるんだよな〜って考えると不思議。
夏休みとかはともかく、年末年始を家族以外と過ごしたことがないから別のところで別の人と過ごすことがなんかいまいち想像できない。いざそうなると少しさみしい気もするんだよな〜。
でも、家族を持つというか自分の家庭を持つって言うのはそういうことなんだろうな。
自分の親との時間を過ごすよりも、ちゃんと自分の奥さんと子供と時間を過ごして今の自分が感じているというか毎回帰りたくなる環境を今度は自分自身が作り上げないといけないんだろうなーって思う。それが世代交代というか自分の世代みたいな感じってことなのかもしれない。
家族の伝統行事
そういったことを毎年繰り返す中で、自分の家族の習慣?みたいなのが少しずつ出来上がっていきそれが子供にとってはお正月といえば〇〇、夏休みといえば〇〇、クリスマスといえば〇〇という形で記憶に残っていくんだろう。だから、同じ季節のイベントでもその家庭・家庭で過ごし方が違う。毎年お正月はハワイに旅行する家庭もあれば、書き初めする家庭もあるだろうし、人生ゲームをやる家庭もあるだろうし。その家庭の過ごし方が気がついたら確立されて、それが子供の中でも自然と今年もこれやるよね?って思い出すようになったら家族としての絆?繋がりがまた一段レベルアップしたことになるんだろうな。
そして、いずれ子供が自分の家庭を持った時に季節のイベントで自分が経験して来たことを踏襲するのか、相手方の季節のイベントの経験を踏襲するのか、はたまた融合させるのか、もしくは思うがままにすごしてだんだんと過ごし方が決まっていくのかわからないけど、いずれかの流れで新しい家庭の過ごし方が決まっていくんでしょうね。
そう考えると、やっぱり家族というか家庭って自分の居場所としては最高の環境になんだろう。
虐待を受けたり、家庭環境が複雑でそうは思わない人もいるだろうけど、やっぱり多くの人にとって家族は一緒の時間を過ごして同じことをたくさん経験してきた大事な大事なつながりのある関係なんだろう
そういったつながりを昔はあまりいいな〜とか思ってなかったけど、ここ数年はすごい憧れというか自分も作りたいな〜って思いが強くなってきている。だけど、それを作るまでの過程があまり自分の性格と合わなそうなのでハードルが高かったり、そういった環境を作りたいけど、作らなくても現状生きて行けているので緊急性が薄いからそこまで本気になれない自分もいるんだよな〜
でもきっと、このまま過ごしていったらその思いはより強くなっていく一方で、緊急性も高くなっていくと思う。だけど、緊急性が高くなってそういった環境を作ろうと行動してもその時ではすでに時遅しでいろんな選択肢が限られていたりとかして思うような環境をつくれない可能性もありそうだから怖い。そうなるとやっぱり、緊急性が今はなくても先を見越して行動しておくことが大事なのか??色々考えると脳みそがぐるぐるしてくる。自然な流れでそういう環境を作るチャンスが来るといいんだけどな〜